モネの人気作「日傘をさす女」3部作の違いを解説

クロード・モネ「日傘をさす女」3作品

クロード・モネの代表作「日傘の女」は同じような構図で3作品あります。

まぶしい光と、風をはらんだ軽やかさが共通する一方で、空の青さや草の揺れ、影の落ち方など、細部には微妙な違いが見られます。

今回は作品たちの「空・草・影」に注目し、モネが目にしていた瞬間を考察しながら解説します。

しろみ

東京都在住。30代で新しくできたあだ名は”分析”。趣味は人間観察。夏の体調管理が一番苦手。みなさん気をつけてください。noteはじめました。

目次

クロード・モネのプロフィール

1840年11月14日、フランス・パリで生まれ、セーヌ川の近くの港町で育ったオスカル=クロード・モネ。

幼い頃、カリカチュア(風刺的な絵)を描いていたところ、地元の画家に戸外制作に誘われたことをきっかけに、自然の風景を描くことを学んでいきました。

クロード・モネ 初期の絵
クロード・モネ《カリカチュア》18歳の時の作品 ©The Art Institute of Chicago

のちに「印象派の父」とも呼ばれるモネは、筆触分割(色を隣り合わせに置き、観る人の目の中で混ざり合うように見せる技法)を好み、移ろう光や水の反射を、感じたままにキャンバスへと描き出すことに長けていました。

クロード・モネ「印象・日の出」 ©︎Wikipedia

私生活では、最初の妻カミーユと死別した後、かつてのパトロンだった実業家エルネスト・オシュデの妻、アリスと再婚します。

晩年はジヴェルニーの庭を愛し、庭を描き続けながら、86歳で静かに生涯を終えました。

3枚の「日傘をさす女」を解説

愛する家族の”瞬間”を描いた最初の「日傘をさす女」

モネは25歳(1865年)の時に7歳年下のカミーユと知り合います。そして27歳(1867年)に息子・ジャンが誕生しました。

ジャンが生まれた約10年後に描いた作品が、この「日傘をさす女」。優しくこちらを見下ろしている女性がカミーユ、傍にちょこんと立つ男の子はジャンです。

クロード・モネ 1875年「散歩、日傘をさす女」
クロード・モネ 1875年「散歩、日傘をさす女」 ©Wikipedia

家族で過ごした一瞬を切り取ったかのような本作。空・草・影に注目して、モネが絵に閉じ込めた瞬間を考察してみたいと思います。

要素印象時間帯の推測
厚みのある青空、逆光、日差しが照り返しを感じる太陽の光が強い=正午に近い時間帯
緑が豊かでところどころに花が咲いており、風で靡いている昼前の風の動きを感じられる=10〜11時台が自然
手前に長く伸びており、輪郭がはっきりしている太陽が低い位置にある=午前中か、午後

この時代のモネは裕福ではありませんでしたが家族3人で慎ましく暮らすことにとても幸せを感じていました。

この作品は、初夏の風が気持ちいい午前中に家族でお散歩に出かけた帰り道なのかもしれません。

きっとモネが下方から二人に呼びかけたのでしょう。カミーユは「そろそろ日が照ってくるから帰りましょう」なんて言ってそうです。そてジャンのぼんやりした表情も、散歩に飽きたし暑くてもう帰りたがっている子どもらしい様子に見えてきます。

この作品は、第二回印象派展に出展された絵の一つです。

人を風景にした2・3作目の「日傘をさす女」

カミーユの死後、モネは全く同じ構図で戸外で人物画の制作を試みました。

1886年「日傘をさす女」右向き、左向き(オランジュリー美術館で撮影)
1886年「日傘をさす女」右向き、左向き(オランジュリー美術館で撮影)

この頃のモネは、パトロンだったエルネスト・オシュデ一家と同居していました。

二つの作品は、同居先の近くの、ジヴェルニー近くのセーヌ川でオシュデ家の三女シュザンヌをモデルとして描いた習作(練習で描いたもの)です。

同じ日に描かれた2枚は、特に草の色合いから晩夏の印象を持つこともできるかと思います。

オルセー美術館で撮影した クロード・モネ「日傘をさす女(右向き)
オルセー美術館で撮影した クロード・モネ「日傘をさす女(右向き)
要素印象時間帯の推測
雲の量が多く、光が拡散し白みがかった印象午前9〜10時ごろ、空がまだ開ききっていない時間
緑の中に黄色〜オレンジが混じり、乾いた印象日差しによる乾燥・成熟が見られる晩夏の草
足元の影が不明瞭。逆光で光源が後にある太陽が斜め後方にあり、まだ高くない時間=午前中
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オルセー美術館で撮影した クロード・モネ「日傘をさす女(左向き)
要素印象時間帯の推測
右向きにと比較し、空の青みが増している晩夏の午前10時〜正午頃
緑の中に黄色〜オレンジが混じり、乾いた印象日差しによる乾燥・成熟が見られる晩夏の草
太陽が高く、くっきり影が出ている晩夏の正午頃

晩夏とはいえまだ暑さの残る中、シュザンヌを朝8時頃から13時頃まで、約5時間ほど立たせていた可能性があります。

シュザンヌは、当時のモネのお気に入りのモデルでした。同じポーズをずっと取らされて、「ちょっと疲れちゃう」とこぼしていたという話も残っています。

もうひとつ興味深いのは、カミーユの死後、モネは人物の顔をはっきりと描かなくなったという点。この作品でも、顔の輪郭はあえてぼかされ、表情ははっきりとはわかりません。

 顔のアップ 1886年「日傘をさす女」右向き、左向き©︎Wikipedia
1886年「日傘をさす女」©︎Wikipedia

新しい試みに取り組んでいます。私が納得するままに、風景画のように戸外の人物を描くことです

それは、私を悩ませ、いつかは実現したいと思っていた古い夢です。

デオドール・デュレへの手紙 クロード・モネ

この発言から、モネが人物すらも“風景の一部”として捉えたかったことがわかります。人を描くことで生まれる影や動き、その存在感を通して、空気の流れや気温まで表現しようとしていたのかもしれません。

ただ私はモネが顔を描かなくなった理由が、カミーユが大好きで、筆をとるたびに彼女の面影が蘇り、どうしても描けなかったとか、ロマンチックなものだったらいいなと思ってしまいます。

「日傘をさす女」はどこで見られる?

シュザンヌ は「オルセー美術館」

オルセー美術館
オルセー美術館

シュザンヌを描いた2作品はオルセー美術館に並べて展示されています。

オルセー美術館で撮影した作品

オルセー美術館は、1848年から1915年頃までの作品を中心に展示しています。この時代は、印象派の画家たちが活躍していた頃でもあるため、たくさんの名作に出会えます。

見どころは、ぜひ以下記事をご覧ください。

カミーユは 「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」

本作品はワシントンのナショナル・ギャラリーで鑑賞できます。

西棟と東棟があり、西棟に飾られているみたいです。他にはマネとセザンヌの有名な作品をはじめ、多くの印象派作品が貯蔵されています。

エドゥアール・マネ 『鉄道』1873年©︎Wikipedia
エドゥアール・マネ 『鉄道』1873年©︎Wikipedia
ポール・セザンヌ 『ペパーミント・ボトル』1893-1895年 ©︎Wikipedia
ポール・セザンヌ 『ペパーミント・ボトル』1893-1895年 ©︎Wikipedia

【最後に】モネの「印象」に想いを寄せることができる作品

モネの作品を見ていると、いつも心が揺れてしまいます。

彼は自分が見た印象をキャンバスの中に封じ込めるだけでなく、感情も一緒に描いているのでは?と思うほど絵に如実に出ている気がするのです。

特にカミーユやジャンの絵をたくさん描いていた1871年〜1877年の作品は幸福に満ち溢れています。

《アルジャントゥイユの画家の家》1873年©The Art Institute of Chicago

モネの絵はあなたにどのような”印象”を与えていますか?

モネの作品に想いを馳せることで、あなたの心が少しでも心地よく穏やかなものになっていたらいいな、と思っています。

参考文献
「もっと知りたいモネ」- 安井裕雄
「モネ」- カリン・ザークナー=デュヒティンク

「西洋絵画の巨匠① モネ」- 島田紀夫

YuRuLi
サイトの管理人
TOKYO | WEB DIRECTOR
Youtube登録者19万人。
本業以外に、日常に溶け込むプレイリスト動画の作成や音楽キュレーションの仕事も。音楽、ガジェット、家具、小説、アートなど、好きなものを気ままに綴っていきます。自分の目や耳で体験した心揺れるものを紹介。
クロード・モネ「日傘をさす女」3作品

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