ピンクのドレスを着た女の子が無邪気にぶらんこに乗っている甘美な作品。
私はこの絵を「ただ純粋に可愛い」と思っていました。でも背景を知ると、その印象はガラッと変わります。
純粋な絵に見えるのに、ぜんぜん純粋じゃない。その不協和に気づけば前よりも深くハマっていました。
「これってただの可愛い絵じゃないの?」と思った方は、ぜひこの解説に付き合ってください。

東京都在住。30代で新しくできたあだ名は”分析”。私が世界史をちゃんと勉強していたら、「ぶらんこ」に詰め込まれた悪趣味に気がつけたのでしょうか。noteです。
【解説】可愛い「ぶらんこ」に隠された秘密
幻想的な森の中でピンクのドレス姿のお姫様がブランコで靴を飛ばして遊んでいるように見えませんか?

「ぶらんこ」は、ロココの甘美な外見の裏で、駆け引きと欲望が渦巻いていた時代の産物。可憐さの仮面をかぶりながら、金持ちの欲望を堂々と描き出した「官能的な絵」だったのです。
ロココ時代の女性のマナーと恋愛の駆け引き
18世紀のフランス・ロココ時代、貴族階級の女性は、礼儀正しい態度・露出を控えた服装が求められていました。

華やかな場所では、女性たちも煌びやかに見せるためにコルセットでウエストを締め上げ、デコルテから胸元をレースなどで美しく着飾っていたようです。

あくまでも上品に見せるために露出する部分は、デコルテ、首筋、手首。
そして、恋愛は政治的駆け引きや権力闘争の一部になってしまうため、感情むき出しの直球勝負はマナー違反だった時代でした。
制限された中でどのように色恋沙汰を楽しんでいたかというと、見せてはいけないところを”偶然”見せることで誘惑し、その気にさせちゃうというなんと小賢しくまどろっこしい手法を取っていたのです。
ブランコの中の女性を今一度ご覧ください。

足が見えています。ぶらんこに乗っちゃったので、普段見えちゃいけない足が”偶然”ガッツリ見えています。
これだけならあざとくて可愛いです。でも、これだけじゃないのです。
誰も描きたくなかった「金持ちの道楽」
この作品の依頼者は、ルイ15世の宮廷官僚・サン=ジュリアン男爵。
ぶらんこに乗っている女性は、彼の愛人でした。
男爵は当初、別の画家に「愛人をぶらんこに乗せる」というテーマで注文しました。しかし、その画家は「内容があまりに軽薄だ」と断ります。(当時、ぶらんこは性行為を暗示するモチーフだったのです。)
そして、フラゴナールに注文が行き、彼がこの依頼を受け、絵を完成させることになりました。
フラゴナールがどんな気持ちで描いたのかは、誰にも分かりませんが、この時代の絵画は“中心に描かれたテーマ以外”に画家の思いが込められていることが多いのです。
たとえば後ろのキューピットたち。

左のキューピッドは口元に指をあて「シーっ」と、秘め事の雰囲気を漂わせています。右下の二人の天使は、片方が心配そうに女性を見つめ、もう片方は目を閉じ「見ちゃダメ!」とでも言いたげ。
表向きには男爵の意向に沿った作品ですが、その裏にフラゴナール自身の皮肉や感情を忍ばせていたのかもしれません。
そう思うと、この作品もぐっと面白く見えてきますよね。
目線が官能的且つ挑発的である
皆さんはぶらんこに乗って、靴を放り投げて遊ぶ時、どこを見ますか?
私は靴を見ます。靴の飛ぶ方向を必死に追ってしまいます。だって自分が取りに行く羽目になるので。
この女子の目線を見てください。靴を全く見てないです。

なんなら下にいる男性見てます。

そういえば私は犬とボールで遊んでる時だけは、犬の目を見てボールを投げます。
ということは、そういうことなのです。男爵はそういう雰囲気を注文したんだろうなと思うと、この人の性癖はノーマルではない可能性が出てきます。
当時の女性はパンツを履いてない
女性の足が見えるのがありえなかったこの時代に、ぶらんこに乗って足を振り回している無邪気な様子。
絵画左下の男性の目線は、びっくりするくらい明らかにスカートの中を見ています。

この当時は下着といえばコルセットとパニエ。そう、この女性はパンツを履いていないのです。このシチュエーションは現代だと犯罪ではないでしょうか。
スカートを覗いている男性が誰かということは明記されていません。これが注文者であるサン=ジュリアン男爵を若くした姿の可能性も、全くの別人である可能性もあるかと思います。
どちらにせよ、「うちの愛人がぶらんこに乗って男を誘惑している姿描いて。足は開かせて靴飛ばしてよ。そんでその下に男がいる感じで。」と、注文した可能性があります。
直接表現がNGだったこのご時世で、貴族の女性たちはいかに好意をちらつかせるかに命懸けだったらしいのです。偶然や無邪気を装って男性を誘惑するのが上手だったとか。
そして男爵もこういうのが好きだったから、自分の美しい愛人を作中で挑発的に描かせたのかも知れません。
もし、当時の女性たちと同じ合コンに参加することにでもなったら完敗です。
【考察】なぜ後ろの人はこんなに笑っているのか
後ろでブランコを操っている男性は、一体誰なのだろう?という疑問が浮かんできます。
真相ははっきりしていませんが、こんな逸話があります。依頼主の男爵は「後ろに司教を描いてほしい」と注文しました。ところがフラゴナールはそれを“勝手に”男爵っぽい人物にすり替えて描いたらしいのです。

フラゴナールは、この作品は自分の意思ではなく、男爵が美しい愛人を自慢するため、挑発的な姿を作品に残してニヤニヤするために描かされたことを示唆しているのかも知れません。
時代と貴族に振り回された画家「フラゴナール」

ジャン=オノレ・フラゴナールは1732年生まれ、1806年74歳でこの世を去ったロココ美術最後の画家です。
超難関のローマ賞を獲得してイタリア留学を果たし、絵画の技術を徹底的に磨いたエリートコースの画家でもあります。
絵の実力は圧倒的で、柔らかな肌の描写や光の表現、人物の微妙な仕草まで、どれを取っても繊細で美しいです。例えば『本を読む女』のような作品も描けるほどの腕前です。

フランス革命前は、宮廷や貴族からの注文で、「権力と贅沢の象徴」のような作品を求められ、フランス革命後はルーヴル美術館で働きます。その後、ルーブル美術館を追い出され、貧困に苦しみながら亡くなりました。
もし別の時代に生まれていたら、彼はどんな作品を描いていたのだろう?と想像したくなるほど、彼の作品は柔らかく繊細で、可愛らしさにあふれていて、魅力的です。
「ぶらんこ」はどこで見られる?
イギリス・ロンドンにある、「ウォレス・コレクション(The Wallace Collection)」で見ることができます。
なんと、入場料は無料のようです。
ウォレス・コレクションは、18世紀〜19世紀のフランス美術を中心に展示されています。豪華な邸宅を改装した美術館なので、絵を鑑賞するだけでなく、貴族のお部屋の雰囲気も味わうことができます。



まるでロココ時代にタイムスリップしたかのような美術館ですね。
フランスは有名な美術館が多いため、ウォレスコレクションの人はそこまで多くないようです。
人混みが大嫌いな私でも行けそうです。
【おまけ】アナ雪に登場する「ぶらんこ」
「アナと雪の女王」にも、この《ぶらんこ》が登場します。
素晴らしいことに、ディズニー版では今までお伝えしてきた“裏の意味”を示唆する部分は省略されています。

絵だけを見てみると、女性の表情は上を向き、ハツラツとした雰囲気で描かれているのが分かります。

さらに、絵の下方に描かれているはずの「寝転ぶ男性」は省略されています。

この作品の良いイメージだけを残し、ブランコに乗っている無邪気な少女の絵にするとは、まさに「アナ雪」にふさわしいオマージュですね。
そして、このシーンで映る絵画が並ぶお部屋は、イギリス・ロンドンの「ウォレス・コレクション」にどこか似ているようにも見えます。

【最後に】可愛いだけじゃダメですか
ダメでした。
本当は「可愛い絵」として紹介したかったのですが、《ぶらんこ》はそれだけでは終わらない作品でした。
可愛いと気持ち悪いという相反する感覚で、感情が掻き乱されてしまった私は、ロココの恋愛や政治、芸術まで調べずにはいられませんでした。
つまり、可愛いだけじゃない。なんなら気持ち悪い部分があったからこそ、沼にハマってしまったのです。
やっぱり名画も、歴史も、人間も、表面だけではわからない部分があるからこそ強く印象に残る存在になるのですね。
この絵があなたの心にも引っかかり、未来の話のネタになったり、何かをもっと知りたいと思えるきっかけになってくれたら嬉しいなと思います。
参考文献
「人騒がせな名画たち」- 木村泰司
「美術で学ぶ世界史」- 竹内麻里子

