「ブラームスはお好きですか?──」
本作はそんな洒落たデートへの誘い文句がタイトルになったフランソワーズ・サガンの人気作。
代表作である「悲しみよこんにちは」と比較して、より大人な恋愛・人生観を見られるのがこの作品の魅力です。
39歳の女性がいつまで経っても”恋”と”愛”で揺れている様子を見て、「ちょっと痛くない?」なんて心の奥底で思う自分がいるのですが、そこはさすがサガン。心の機微が繊細に、かつ詩的に表現され、なんとも言えない余韻が心に残る作品です。
あらすじはネタバレなしで、感想パートではネタバレありで作品の見どころを解説していきます。
「ブラームスはお好き」のあらすじと評価

パリに暮らすインテリアデザイナーのポールは、離婚歴のある39歳。もう若くはないことを自覚している。恋人のロジェを愛しているけれど、移り気な彼との関係に孤独を感じていた。そして出会った美貌の青年、シモン。ポールの悲しげな雰囲気に一目惚れした彼は、14歳年上の彼女に一途な愛を捧げるが── 小説「ブラームスはお好き」より引用
非常にざっくり言うと、長年付き合っている男が浮気性で、その間にイケメン青年が猛烈にアタックしてきて、心が揺らぐ主人公を描いた作品です。
著者であるサガンといえば、1954年に当時19歳で「悲しみよこんにちは」でデビューし、ベストセラー作家になったフランスの小説家。
若者の心情を鮮やかに描き、そして軽妙で洒脱な文体から今なお人気が高いです。
実は「ブラームスはお好き」についての評価は分かれています。とりわけ処女作であり代表作の「悲しみよこんにちは」の次の作品であったため、劇的な展開を期待していた人たちからは、少々あっけなさを感じたのかもしれません。
また「悲しみよこんにちは」はサガンが17歳の時に執筆していて、主人公も17歳と等身大ですが、「ブラームスはお好き」は19~20歳頃に書いていました。主人公が39歳ということから、等身大だからこその強みは失っていたかもしれません。

ですが、本作もサガンにしか出せない読後感や名言の数々があります。作品の人気も高く、『さよならをもう一度』という邦題で映画化もされいます。
日常系アニメのように劇的な展開は起こらないけれど、心がキュッとなる複雑な感情を抱ける作品が好きな人にはおすすめです。
「ブラームスはお好きですか」のネタバレあり感想
全読者がツッコんでしまう物語の結末

分かりやすくするために映画化された際のキャラクターで相関図を書いてみました。ロジェという主人公ポールと同年代の恋人は、女性をなめくさった男です。「あいつは俺が必要だから浮気の1つや2つバレたって、問題ないさ」くらいに考えています。そのくせにポールがシモンとくっつきそうになるのを見て、イライラしてポールに当たってきます。
いわゆるクズ系なんですが、”男らしく” 野生味がありつつ、時たますごく優しい。ポールという女性は基本ガタイがよく、男らしい男性が好きなんです。征服されたい欲さえ感じます。
対照的にシモンというイケメン青年(今実写化するなら絶対にティモシーシャラメ)は少しメランコリックな雰囲気の年上好き。美しくもどこか悲しげな様子のポールに一目惚れし、その後、執着に近いレベルでポールに愛を捧げ続けます。

ポールとしては年の差が引け目であり、さらにタイプでもないので、基本的にはグイグイくるシモンのアプローチをうまくかわし続けます。しかし、ロジェの浮気がエスカレートしていくにつれ、徐々にシモンに心が寄っていき….。
最後は、結局自分のところへ戻ってきたロジェを選び、シモンを振ります。そしてその日の夜にロジェから「今夜仕事の都合で会いに行けなくなった」という電話がきて物語は終わります。ちなみに浮気の言い訳はすべて仕事だったので、全読者が「そういうことかいっ」と心の中でツッコミを入れるはずです。
ポールは結局、「自分が愛される」ことよりも「自分の好きなタイプと一緒にいること(恋)」を重視した人なのかな思いました。
物語の結末をシモンは予言していた
この報われない物語の結末を、図らずもシモンは予言していました。初めてポールをデートに誘い、向かったレストランで談笑していた時です。
「そして、あなた。人間であることの義務を果たさなかったかどで告訴します。死んだ者の名において、愛を見過ごし、幸福になることをおなざりにし、言い逃れやその場しのぎであきらめで生きていたかどで告訴します。あなたは死刑に処されるべきだが、宣告は孤独の刑になるでしょう。」
訴訟の一部始終を真似してみせていたシモンがポールに指を突きつけて放った言葉です。シモン本人としては、自分も「孤独に生きていくことが怖い」ということを言いたくて真似していただけですが、まさに物語はこの通りの結末になります。
シモンの愛を見過ごし、ロジェが浮気を続けることを頭のどこかでわかっていながらも、年齢を言い訳にして、シモンを傷つけ振って、最後は孤独となることを、暗示していた場面でした。私は再読した際に気付いたのですが、伏線回収の気分を味わえました。
ブラームスってなんなのさ
タイトルにもある「ブラームス」とは、ロマン派の有名な作曲家「ヨハネス・ブラームス」のことを指します。
つまり、「ブラームスはお好き?」とは、ブラームスの交響曲(オーケストラによって演奏される音楽)はお好きですか?ということですね。音楽デートへ誘うなんてロマンチックですが、好みの分かれるデートを始めのうちにもってくるなんて難易度高すぎます。
ちなみにブラームスは古典的ですが、雄大で品のある音楽です。
1番の見どころシーンは最後のダンスシーン
何といっても最大の見せ場は、最後のダンスシーンでしょう。「やっぱりロジェを忘れられない」「やっぱりこんな女じゃなくて、ポールがいい」となっている元恋人の二人。
それぞれ別の相手(ポールはシモン)とダンスをしている最中ですが、視線だけは二人とも重なりあい、近くにきた瞬間に手が触れ、ターンする瞬間にまた離れていく。この物理的な距離の取り合いと心の動きを重ねる描写はさすがサガンの筆力です。
それぞれパートナーには見られていないが故に、読者はいけない瞬間を見てしまったような気持ちになるはず。私も頭がクラクラしました。同時に、「終始かわいそうなシモン」と同情せざるえませんでした。
サガンの期待を裏切らないセンスフルな文章
サガンの文章の特徴といえば、詩的なのにややシニカルで、同時にユーモアやひねりが効いていて、そのリズムは音楽のようです。
だからこそ、読みやすく、かつ何度も読みたくなる魔法にかかります。「雨に濡れて光るパリの道路」「森の湿り気や落ち葉を焚く匂い」などサラッと出てくる情景描写も光ります。
また時おりすごく刺さる言葉が混ざってきて記憶に焼きつきます。個人的に好きなのはポールがシモンに連れ出されたナイトクラブからの場面。シモンといたことを同僚に見られて「あの人、今いくつだっけ」という声が聞こえてきます。ショックでその場を立ち去るポール。
それに対してシモンは、珍しく男らしい言葉でポールを励まします。それでもネガティブになるポール。「わたし、三十九よ。」と否定的な言葉に対しても、シモンは負けじと返します。
「人生は女の日記でも、過去の経験の続きでもない。君は僕の14歳年上で、僕はきみは愛していて、これからもずっとずっと愛していく。それだけだ。だから君が、たとえばあのババアどもとか世間が言うこととかのレベルに自分をおとしめるのは、耐えられない。君にとっての、僕らにとっての問題は、ロジェだ。ほかにはない。」
いいぞ、シモン!とここは応援したくなりました。
サガンのテーマは”孤独”と”恋愛”

「わたしの作品にはテーマが二つあります。(中略)恋愛と孤独。孤独と恋愛という順で言ったほうが正しいかもしれません。主要テーマは孤独のほうですから。」 —フランソワーズ・サガン
かつてのインタビューでそう語っていたサガン。
ただの恋愛小説だと物足りない人でも、サガンの”孤独”が香る文章には惹かれるのではないでしょうか。
「悲しみよこんにちは」を読んで、よりサガンの小説を読みたいとなった人は、ぜひ彼女の”孤独”と”恋愛”が入り混じった「ブラームスはお好き」も読んでみてください。

