宝島社が毎年発行するマンガ紹介のムック本「このマンガがすごい!」。
マンガ好きの著名人から、漫画家、出版関係者、書店員など各界のマンガ愛好家が毎年”ガチ”で選出したマンガをランキング形式で発表する、漫画界における年に一度の恒例行事です。
皆さんは、そんな『このマンガがすごい!』に2年連続でランクインした作品「海が走るエンドロール」をご存じでしょうか。
ミステリーボニータにて2020年から連載されている同作品。「さすがにそろそろアニメ化、もしくは映画化される!されないわけがない!」と思っているので、今回はその魅力について語っていきたいと思います。
若干ネタバレありなので、気にされる方はご注意ください。

好きなものを語るとき早口で文字数が増えるタイプの典型的なオタク。先日インスタグラムにて江戸川コナンと工藤新一が別個体として存在する世界線を米粒サイズの文字で切望するストーリーを更新したところ、あまりの恐ろしさにフォロワーが激減した。個人のnoteでは数々の偏愛記事を公開中。
海が走るエンドロールとは
「海が走るエンドロール」とは『このマンガがすごい!2022(オンナ編)』で1位に選ばれ、翌年のランキングでも6位にランクインを果たした、たらちねジョン著の漫画作品です。
ちなみに2022年のオトコ編第1位に選ばれた「ルックバック(藤本タツキ著)」の映画についての記事はこちらからご覧いただけますのでそちらも併せてご覧ください。
紙の媒体だけではなく、電子書籍やWEBマンガ、掲載媒体が多様化し数々の名作が生み出され続けているこの時代に、2年連続のランクイン。
それがどれだけ凄いことかおわかりになりますか…。
でも本当に本当に本当に、正直に申し上げるとですね、この作品、そもそもがチート。舞台・人物など設定自体が私たちの弱み(好き)に漬け込み土鍋でぐつぐつと煮込んで3日間熟成させました☆みたいなものになっていて、一度気になってしまったらもう引き返せない、そんな魅力と引力に満ちているわけです。
ではまずは、そんな第一巻のあらすじを見てみましょう。
海が走るエンドロールのあらすじ

夫と死別し、数十年ぶりに映画館を訪れたうみ子。そこには、人生を変える衝撃的な出来事が待っていた。海(カイ)という映像専攻の美大生に出会い、うみ子は気づく。自分は「映画が撮りたい側」の人間なのだとーーー。心を掻き立てる波に誘われ、65歳、映画の海へとダイブする!! シルバーガール×ブルーボーイのシーサイド・シネマ・パラダイス。
海が走るエンドロール1巻より
シルバーガール×ブルーボーイのシーサイド・シネマ・パラダイス⁉
65歳、映画の海へとダイブする⁉
マンガ×映画というなんとも親和性の高い2つのカルチャーが融合したこの作品。しかも主要キャラは65歳のシルバーガールと美大生のブルーボーイときたものだ。そんなの気にならないわけがないじゃないですか…。
個人的には「お仕事漫画」「ものづくり系漫画」「日常系漫画」は20代~30代の働き盛り世代の心にグサッと刺さる題材トップ3だと思っています。まあそれって、自分がなぁ~んにも考えず好きなことをして生きていくために仕事をしているだけだからなのですが。
だってそうでしょ?
「お仕事漫画」なんて仕事にポリシーとプライドを持って日々懸命に働いている人たちの話だし「ものづくり系漫画」なんて0から1を生み出す人間の苦悩とか、何かに打ち込む人の姿とかを描いていてめちゃくちゃ眩しいし「日常系漫画」なんて大体がほのぼのとしてくすっと笑えて「あぁこんな日々も悪くないなあ」なんて思える尊い毎日を描いているじゃないですか。
そんなの読んだら当たり前に「うらやましい!そんなん刺さらないわけがない!私何も持ってない!」と思うに決まってるんですよ。
で、結局何が言いたいのかというと、この「海が走るエンドロール」こそ【お仕事×ものづくり×日常】のトリプルコンボで私たち(私)の胸を突き刺す作品であり、私たち(私)はそのあまりの眩しさに、毎度毎度地団太を踏みながら読んでいるわけです。
もうわかったから。おばあちゃんが美大生と映画作る作品っていうのはわかったから。それだけで地団太踏むなんて大げさすぎだし筆者大丈夫か?
とお思いの方こそぜひ、ここから先を読み進めてみてください。あらすじの時点で気になった方はもうこの先は読まなくていいので今すぐ本屋に行ってください。
この作品の魅力とは?

まずは、この作品の魅力とは何たるか。ポイントを3つに絞って力説していきたいと思います。
魅力その1.キャラクター一人ひとりの個性の強さ
あらすじで紹介した通り、まずは65歳のおばあちゃん×ミステリアス系美大生というパンチの強さが魅力の一つです。だってこの作品って間違いなく青春漫画なのですが、青春漫画と言われて想像するのって大体が同世代の男女の恋愛ものとかスポーツ漫画とかじゃないですか。
眩しい!汗!夏!恋!海!花火!みたいな、さわやかでシーブリーズが似合いそうな感じのやつを「青春」の王道とするならば、これは間違いなく邪道。別に何が良くて何が悪いという話ではないですが、多くの人が想像するであろう「青春」とは違う汗と涙と男と女の物語がここにはあるわけです。
全員個性的で魅力的ですが、一人ひとり語るときりがないので、ここでは主要キャラ2名について深堀していきたいと思います!
⓵シルバーガールこと「茅野うみ子」
この物語の主人公。
夫と死別し何気なく日々を過ごす中、ある日思い立って訪れた映画館で海と出会い、あれよあれよと美大へ入学した65歳。この時点で情報量が多い。
私なんて、「温かい牛乳。社会の荒波に揉まれる20代のOL。」で、終わりです。短。でもそんなもんです。そんな私にとって、まず羨ましいのはその財力と体力・行動力です。筆者は今26歳ですが、正直言って絶対に無理。今から美大に入る財力もなければ体力もないです。というか実際お金があったとして「映画撮りたい!よし、美大入ろう!」となれる人って一体どれだけいるんでしょうね。
でもそれがこの物語の核となる超重要な部分なんです。
ただもうね、見ていればわかる。65年という年月の中で得た人生の経験はやはり馬鹿にならず「うみ子さん…人ができすぎだよ…」と思うこともしばしば。やはりその辺の若造たちとは違う、周りの学生たちは彼女の優しさと行動力と視野の広さにもっと感謝するべき。
あと過去回想でちょこちょこ昔のうみ子さんと旦那さんが出てくるんですけど、めちゃかわいいしかっこいいです。旦那さんジョン・コナーカット風のイケメンで好き。初登場で既に故人なのがつらい。
②ブルーボーイこと「濱内海」
うみ子と並ぶ第二の主人公で、美大の映像専攻に通う学生。映画館でうみ子と出会い、うみ子をこの道に引きずり込んだ張本人です。
今風のいわゆる“エモい”雰囲気をまとったミステリアス系のイケメンで、ちょっと髪長めで細っこくて基本ローテンションで、なんかもう「エモ」を具現化したような、back numberとかRADWIMPSとかのエモMVで小松菜奈ちゃんと共演しているような人。でもそれを鼻にかけることなく、日々映画のために学び、働き、学食で200円のうどんも食えないような生活を送っているのが彼の魅力の一つです。
表のビジュアル売りよりあくまでも裏の制作側として生きようとしてるところがめちゃくちゃ推せるんですけど「そういうところが好き~、海は顔じゃなくて実力だから!」とか言いながら多分私は海が監督した作品は例え面白くなさそうでも見に行くと思う。彼にとっては完全に不本意だろうが思い切り、しっかりと、単純に、顔ファンになる未来が見えます。
でもそういう“入口”になり得るビジュアルを持っていて、それでいて一生懸命で、純粋でまっすぐだから応援したくなるんですよね~。ははは。
その他にも、おそらくその道ではだいぶ名の知れた方なのだろうな…というイケオジな大学教授や男装の麗人ともいうべき同級生、普通にいたらただの変な奴なのでは?としか思えないインフルエンサーなど、個性豊かなキャラクターたちの様々な思いが交差し合いながら、この物語は進んでいきます。
魅力その2.何気ない日常描写の解像度の高さ
この作品はうみ子が火にかけた料理ができるのを待ちながら、洗濯物を片付けようと運んでいるシーンから始まります。まずこの1ページの中に彼女の生活がぎゅっと詰まっていて、これまでの人生の中で培ってきたものが垣間見えるわけです。だって料理中に「まだ焼けないし、今のうちにパパっと洗濯物片付けちゃお!」ってならないですから。私の生活力が低いだけだという意見は聞きません。
ジュ~っと音を立てるフライパンに「簡単ビビンパ」と書かれた合わせ調味料、テンテロテロテロテン♪と小気味の良い音を立てて米の炊き上がりを知らせる炊飯器ーーー。炊きたてのお米を供えた仏壇に手を合わせて、お昼時のつまらないテレビ番組を流しながら一人で昼食を食べる。何気ない日常、どこにでもある風景。特別なことなんて何もない、誰しもが体験するような日々がこれでもかというほど丁寧に描き込まれています。というか「簡単ビビンパ」ってなに?クッ〇ドゥ?リアル過ぎじゃないですか?
そしてそんな毎日の中で少しの非日常を感じさせてくれる「映画館」で、彼女は人生を変える運命的な出会いを果たすわけです。
また、この作品では食事をするシーンが度々描かれているのですが「食事シーン」って本当に重要だなと思います。
うみ子が亡くなった夫を思い出しながら一人で食事をしているシーンでは彼女の「今まで」の生活が見え隠れし、海や学生たちと食事をしているシーンでは彼女の「今」の日常を感じさせてくれる。映画を撮り始める前と後での、彼女の生活の変化がこういった部分からも読み取れるわけです。
バトル漫画における日常回でなんとなく安心するのは、そこに出てくる人たちの普段の姿が見えるからだと思うのですが、この作品の「食事シーン」には彼女たちの生活をより身近でリアルなものに感じさせてくれる効果があると思っています。
魅力その3.「0から1」を生み出す人たちの苦悩と眩しさ
大前提、この世界にある“物”というのはすべて誰かの手によって作られています。映画や漫画などの作品や、芸術、料理、電車や車、私たちの生活を便利にしてくれるアイテムの一つひとつもすべてこの世界の誰かが作ってくれたものであり、私はそれを通じてどう感じるのか、何を受け取るのか、というのが内面の豊かさというものであると思っています。
そして私は「ものづくり」に関する物語はなんでも、制作陣のものづくりに対する熱意や想いが作品を通して伝わってくるものだと思っていて、この作品からもそんな想いがひしひしと伝わってくるんです。普段私たちが自宅で、映画館で、通勤電車の中で、気軽に見ているあの映画や漫画も「どこかで誰かが想いと時間と情熱を懸けて作ったもの」であるわけですよ。
めちゃくちゃ面白い作品を見たとき「面白かったな~!」となるのと同時に「こんな面白いものを生み出せる人間がいるのか…。」と感じます。私はこの漫画の中でいう「映画を作りたい側の人間」ではないけれど、部屋にこもって何時間も編集したり何百枚という絵を描いてつなぎ合わせたり、ああでもないこうでもないと頭を悩ませて、色々なこと経験して吸収して、迷って悩んで自分が描きたいもの、伝えたいことを伝えられるような作品を作ることに熱中する。
そんな人の姿を眩しく羨ましく感じないわけがないじゃないですか。筆者はめちゃくちゃ普通の会社員をしているんですけど、もう奥歯噛みしめながら読んでます。「羨ましい!眩しい!そんな風に夢中になれる何かがほしい!」これは そんな風に思えるような、そしてそう思える何かに出会ったときに一歩踏み出すための背中をそっと押してくれるような作品です。
ここでは作品の魅力を3つのポイントに絞って解説しましたが、最後に筆者がこの作品を通じて感じたこと、この作品を好きでいる最大の理由をお伝えしようと思います。
作品から受け取ったメッセージ

「いつからだってなんだって挑戦できる」
「この作品に込められたメッセージ」ではなく、敢えて「作品から受け取ったメッセージ」としたのには理由があります。それは私が、作品を通して受け取るメッセージや感じ方は人それぞれで、それでいいしそれがいいと思っているからです。
私が大好きなとある事務所のとあるタレントが、ある作品のオファーを受けた際に「“何歳からでもやるのに遅いということはない”というメッセージを受け取ってこのお仕事を受けた」と言っていました。
私がこの作品から受け取ったメッセージも同じで
「いつだって何歳だって何かを始めるのに遅すぎるということはなく、誰だってなんだって挑戦することができるのだ」ということ。
たしかにね、物覚えの早さとか吸収力とか、体力とか今の生活とかこの先そこに懸けられる時間とか、本当に色々な要因があります。例えば私が今から映画を作りたい!と思ったとして、映画製作に関する知識や技術を何も持っていない。じゃあ1から勉強するなら時間は?お金は?今の仕事は?と色々なできない理由を探して第一歩を踏み出すことはできないと思うんです。
でもこの作品は違う。
作中でうみ子が海に「作る人と作らない人の境界線ってなんだろう」と問う場面があります。それは、海に問いかけながら読者、あるいは世界中のすべての人に問いかけているんです。私たち一人ひとり、問われているんですよ。
「作る人と作らない人、その違いはなんですか?」
この記事を読んでくれているあなたはどう思いますか?そこでうみ子が出した答えは“船を出すかどうか”。何かを生み出したい、何かを始めたい、そう思いながらも色々な理由で足踏みしてしまう人の背中を「誰でも船は出せる」と荒波に向かって船を漕ぎだした65歳のうみ子が押してくれる。こんなにもアツいおばあちゃん、他にいますか?
おばあちゃんが出てくる作品は数あれど、ただ若人に道を指し示すだけではなく、自らがプレイヤーとして前線に立って戦っているんです。これは汗と涙の青春漫画であり、バトル漫画であり、人々の心を奮い立たせる漫画なんですよ。
最後に
どこにでもある日常の中で、突如現れた荒波に飲み込まれて始まるうみ子の第二の人生。何かに夢中になることの素晴らしさ、いくつになっても挑戦し続けることの尊さを感じさせ、船を漕ぎ出すすべての人の背中を押してくれるこの作品。
「海が走るエンドロール」は既刊7巻、ミステリーボニータにて連載中。また、作者たらちねジョンさんのXでは第一話が公開されていますので、気になった方はぜひご覧になってみてください。
さて、私も社会の荒波をすり抜けて、まだ見ぬ地を目指して新たな航海を始めてみようと思います。

