『悲しみよ こんにちは』のあらすじ/感想 | サガンが魅せるフランス流の美しい結末

半世紀以上前の1954年、早熟の天才「フランソワーズ・サガン」による処女作「悲しみよ こんにちは」

洗練された文章表現で思春期の揺れうごく少女の心の機微を描き、哲学的なテーマも含まれた内容には、多くの人が魅了されました。

”好きなタイプではないけれど、魅力的に感じてしまう人”

”たまに会うくらいなら刺激になるけど、数日一緒にいるのは嫌”

誰でも感じるような人間関係が絶妙な表現で語られていて、今読んでもまったく古さを感じさせません。また今で言うタイトル回収が非常に綺麗な流れでされていて、読み終わった後に冒頭に戻ることでさらに味わい深くなるギミックがあります。

どんな本なのか、あらすじと合わせて久しぶりに読んだ感想を残します。

目次

「悲しみよ こんにちは」のあらすじ

パリに住む17歳の主人公セシルは父レイモンと、その愛人であるエルザと共に、地中海のほとりにある別荘で一夏を過ごします。

貞節など持ち合わせていないプレイボーイな父ですが、娘には優しく人一倍愛情を注いでいます。セシルもまた父のことを慕っていて、エルザのことも気に入っているため、3人はバカンスを満喫していました。

そこに亡き母の友人アンヌが訪れます。洗練され知的な女性であるアンヌに、父レイモンは惹かれていき、やがて二人が結婚を考えはじめる頃、アンヌが自分と父の人生へ介入してくることに対してセシルは恐れと敵意を抱き始めます。

セシルの恋人シリルとの関係に口を出したり、勉強を強要してくるアンヌ。それに対して擁護をしてくれない父。自身の陽気で怠惰で甘い生活が徐々に壊れていき、父が遠ざかってしまうような不安を感じます。

結果、セシルはアンヌと父を引き離すために、エルザとシリルを利用した無慈悲な作戦を始めていき…。最後の結末でセシルは後悔しきれない悲しみを経験することになります。

「悲しみよ こんにちは」ネタバレありの感想

フランス文学的な結末の美しさ

ものうさと甘さが胸から離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのを、わたしはためらう。その感情はあまりにも完全、あまりいもエゴイスティックで、恥じたくなるほどだが、悲しみというのは、私には敬うべきものに思われるのからだ。  -「悲しみよ こんにちは」の書き出し-

有名な冒頭の書き出しですが、最初は理解しきれず「この本ちょっと難しい古典的な感じ?」なんて思ってしまいましたが、書き出し以降はすらすら読いやすい物語。そして最後の文章を読んだ後に、この書き出しに戻らざるえないです。この小難しい書き出しの意味がスッと理解でき、「悲しみよ こんにちは」は完成します。

エルザとシリルを利用した作戦により、父レイモンは見事にエルザへ嫉妬。そして二人の密会を目撃した結果、アンヌは自死ともとれる事故で亡くなります。この悲しみへの導線と余韻が巧みに描かれているのが印象的です。

セシルは作戦が成功する前に、徐々にアンヌに対しての同情や尊さを感じ始めていて、アンヌが事実を知った姿を見て、大きな後悔にさいなまれます。「自分でもなんてことをしてしまったんだ!」という実感を持った上で、事故が起きることで、より一層自責の念は大きくなります。

その後、セシルはパリへ戻り、父も自分も新たな恋を見つける様子が描かれていますが、セシルは忘れてはいません。あの蒸し暑い季節がやってくるたびに全てがよみがえり、訪れる”悲しみ”をそっと迎え入れるのです。

結末では、「こんなことがあった主人公はこんな風に変わっていきました」というハッピーエンドや説教くささはなく、ただ事実とその余韻の残り香だけが語られます。だからこそセシルがこの悲しみを忘れることのないであろうと想像できます。

この曖昧さや物憂げな雰囲気にこそフランス文学らしさを感じます。直接的な説明ではなく、その状態をさししめすことで想像の余地が膨らみます。

サガンの繊細な心理描写と詩的な情景表現

わたしはテーブルからタバコを一本取って、マッチをすった。火はすぐに消えた。わたしは二本目を取ると、慎重に火をつけた。風もなく、ただわたしの手が震えているだけだったからだ。だがその火も、タバコにつけようとしたとたんに消えた。わたしは文句を言いながら、三本目をとった。するとそのとき、なぜかそのマッチが、生死を分けるようなもののような気がしてきたのだ。たぶん、アンヌのせいで。

これはアンヌに勉強をしているふりが見つかり、家を出た後に恋人との関係性を持った帰り。ただ黙って本を読んでいるアンヌの前で、何もなかったかのように振るまおうとする様子がタバコをつける動作だけで語られているシーン。

心の揺れ、緊張が、この一連の動作で感じられます。

朝の光の中で、熱いブラックコーヒーとともるかんじるオレンジのさわやかな甘さ

気持ちのいい宵だった。素肌とシャツブラウスのあいだに細かな砂粒があるせいで、優しくおそってくる眠気にも負けてしまわずにいられる。

詩的であるのにわかりやすく、五感で感じられる情景描写が多く、サガンらしい表現の数々に痺れます。これを当時18歳の少女が書いたというのが驚きです。ませている次元ではありません。

本好きとして知られる上白石萌音さんも推し本として紹介しており、サガンの筆力の凄さを絶賛していました。

【まとめ】はじめてのフランス文学はサガンで

フランス文学は形容詞が長かったり、読みづらいと感じる本が多いですが、「悲しみよ こんにちは」は読みやすいです。特にサガンの文章は心理描写や会話においても端的で、リズムが良く構成もわかりやすいのが特徴。

言葉にするのは難しい感情を、言語化の達人サガンの文章にのって、感じてみてはいかがでしょうか。

YuRuLi
サイトの管理人
TOKYO | WEB DIRECTOR
Youtube登録者19万人。
本業以外に、日常に溶け込むプレイリスト動画の作成や音楽キュレーションの仕事も。音楽、ガジェット、家具、小説、アートなど、好きなものを気ままに綴っていきます。自分の目や耳で体験した心揺れるものを紹介。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次