『海がきこえる』は”エモい”の先駆け映画! 原作や資料で振り返るあの頃のノスタルジー

今から32年前にテレビ放送されたジブリアニメ『海がきこえる』。当時、宮崎駿・高畑勲の両監督の作品しかない中で、本作は30〜35歳のジブリ若手アニメーターが中心となって制作されました。

冒頭とラストに出てくる吉祥寺は、私自身、長年住んでいたこともあり思い出深い作品です。

2025年7月4日に再度リバイバル上映が決まったということで、原作小説や当時の「月刊アニメージュ」の資料を読み漁ってみました。

原作で描かれたその後や、宮崎駿の作品評価など興味深い内容がたくさんだったので語らせてください。

目次

映画『海がきこえる』のあらすじ

出典:スタジオジブリ「海がきこえる」

高知県の中高一貫校から大学進学で東京に出てきた主人公・杜崎 拓(もりさき たく)。ある日、吉祥寺駅のホームで高校の時の同級生に似た女性を見かける。その瞬間、電車が目の前を通り過ぎ、気づけば女性は見えなくなっていた。彼女は高校3年の夏、転入してきたあの武藤 里伽子(むとう りかこ)だったのだろうか。

その後、同窓会のために帰省する拓は、飛行機の中でぼんやりと高校時代の記憶を、里伽子との想い出を振り返っていく…。

親友・松野との出会いなどの回想とともに、里伽子がにとってどんな存在であったのかが徐々に明かされていきます。

出典:スタジオジブリ「海がきこえる」

正直、中学生で初めてこの作品を観た時は、里伽子のワガママぶりにイライラしっぱなし。初めて話しかけてきた言葉は、「杜崎くん、お金貸してくれない?」です。

里伽子の気持ちに理解ができずとも、美しいアニメーションや、最後に吉祥寺に戻っていく構成の巧みさなどは記憶に焼き付いていました。

正直大人になった今見ても当時の「??」という感情が0ではありませんが、原作も読んで色々と解釈幅が増えました。映画の”その後”も含むネタバレありの感想は記事のコチラで語っています。

『海がきこえる』のアニメ化経緯

出典:スタジオジブリ「海がきこえる」

原作はベストセラー作家・氷室冴子さんですが、そもそもこの小説をアニメージュで連載することになったキッカケは『魔女の宅急便』だったそうです。

編集部から氷室さんへ打診してもなかなか連載が実現しなかったところ、以下の理由で動き出したと語られています。

『魔女の宅急便』のEDが氷室さんを刺激したみたいなんです。「あのEDシーンを予感させるような青春グラフィテーを書いてみます」って言ってくれたんです。 アニメージュ1993年1月号

そして『紅の豚』公開後、作品が決まっていない状態だったスタジオジブリ。鈴木敏夫プロデューサーが「若いスタッフ中心で1本作ろう、宮さんも僕も関わらない方針で」と発案されたそうです。

さらに若者が作るならやっぱり”青春もの”だろうし、題材は「アニメージュ」連載中の『海がきこえる』がいいとトントン拍子で進んだそうです。(望月監督が元から鈴木プロデューサーへ『海がきこえる』のアニメ化を企画提出したことも影響)

「海がきこえる THE VISUAL COLLECTION」

ただし、宮崎監督は「1つ条件がある。それは勝也(近藤)を呼び戻すことだ。」と伝えたそうです。近藤勝也さんは、『海がきこえる』で挿絵を担当していて、当時ジブリを辞めていましたが、宮崎監督から非常に評価されていたようです。

「アニメージュ1993年1月号」

ちなみに、近藤勝也さん自身は『海がきこえる』は”何も起きない”が続く日常を切り取ったような青春ストーリーのため、アニメ化には向いておらず反対したそうですが、他の人にやられるくらいなら自分がやる!となり、作画監督を引き受けたそうです。

今や大物だらけのジブリ若手集団で制作

「アニメージュ1993年1月号」

当時、「スタジオジブリ若手制作集団」と銘打たれ、集まったメンバーは今やそうそうたる顔ぶれ。

すでに亡くなってしまいましたが、ポスト宮崎駿として最も期待されていた『耳をすませば』の監督・近藤喜文さん、後に『かぐや姫』の作画監督となる小西賢一さん、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』、『君の名は』で作画監督を務めた安藤 雅司さんが参加しています。

さらにプロデュースは細田守作品のプロデューサーでも知られる、鈴木敏夫の右腕こと高橋望プロデューサー。

結果、祝日の夕方16時〜放送という変則的な時間にも関わらず、視聴率は17%と非常に高視聴率でした。しかし2003年のインタビューでは、鈴木プロデューサーから「ジブリ作品で最もコスト回収に時間がかかった作品だった」と言われていて、その背景から、若手に映画を作らせるのはリスキーという結果にもなったそうです。

ちなみに作品完成後にジブリのバーでスタッフ試写会をした際、バーの端っこで見ていた望月監督の隣に宮崎監督が来て試写を観ていたそうです。後に、「あれは我が人生で最も長く苦しい70分でした。ーーーもうこの業界で怖いものはない。」と望月監督が語っています、

宮崎駿が激怒? 本当の評価は?

出典:スタジオジブリ「海がきこえる」

宮崎監督の『海がきこえる』の評価については色々憶測があったため、当時のアニメージュや作品の特典映像で語られていた内容をまとめてみました。

結論、初号を観た時に「ダメだこれは!」と怒っていたそうです。物語は『かくあるべし』を描くべきなのに、『かくある』しか描いていない、ということに憤慨していたとのこと。

例えば、拓がバスタブで寝るシーン。拓がもっとドギマギしながら里伽子を介抱するカットをいっぱい作ればいいのにあっさりしすぎている!といったニュアンスのことを近藤さんに言っていたようです。

出典:スタジオジブリ「海がきこえる」

近藤さんとしては原作の拓の性格を考えれば、これが自然だという解釈ですが、宮崎監督は割と原作無視で想像を膨らませるタイプなので、アニメーターとしての違いだなあと感じられて、面白いです。

そして鈴木敏夫プロデューサーとしては、怒ったということは、”自分にはできない”という嫉妬の面もあったからこそだと振り返っていました。そしてその嫉妬のエネルギーが『耳をすませば』を制作する動機になった気がすると。

なお、宮崎監督は「近藤くんの絵は、感じがいいんです。本人と似た、まだ自分が何者かわからない人物を描くと、特にいい。」と評価もしていました。

原作小説で描かれたその後(ネタバレ)

小説「海がきこえる」©️徳間書店

原作小説は2巻あるのですが、アニメでは1巻目をまとめた内容になります。そこにアニメオリジナルシーンとして冒頭とラストのシーンを差し込むことで、中途半端な内容ではなく、アニメとして完成度を上げています。

では、原作小説ではその後二人はどのように描かれたのか。

結論、二人は明確な恋人関係にはなっていません。ただし、お互い下の名前で呼び合いクリスマスデートするまでの仲になっています。ただ、そこに至るまで結構大変。映画で出てくるどころではない里伽子のわがままぶりが見られます。

特に映画でもチラッと出てくる里伽子・父の再婚相手とのバトルシーンが非常に見応えあります。この章のタイトルは「戦争の理由を知っている」。里伽子と再婚相手との”女の戦争”という感じで、そこに主人公・拓が巻き込まれるお話。

読んでいると拓が不憫で、読者も見事に里伽子に振り回されるはず。人によってはキレます。

でも拓の懐の深さや、彼が里伽子に対して冷静に分析している描写のおかげで、里伽子という存在を客観視できます。結果的に、彼女への理解が深まり、読者の里伽子への眼差しも多少変わるはず。

私自身は、里伽子嫌い→嫌いじゃないかも。意外と人に対して誠実なのかも、なんてうまいこと氷室さんの文章にしてやられました。

また、津村知沙という大学の美人癖つよ先輩が出てくるのですが、この人が拓の人間的成長に大きく絡むのも見どころ。映画『海がきこえる』が好きな人は、ぜひ原作小説も読んで欲しいです。

拓が住む高知県の美しい光景や何気ない日常のやり取りが丁寧に描かれていて、氷室冴子の筆力が素晴らしいです。

映画『海がきこえる』のラストシーンの意味

出典:スタジオジブリ「海がきこえる」

私はアニメ版の『海がきこえる』のラストシーンが好きです。原作にはない描写ですが、映画冒頭のシーンにうまく繋がる伏線回収の様な妙を感じます。

やはり、あの時に吉祥寺駅のホームで見かけたのは里伽子だったのだと。そして照れくさそうにはにかむ拓に向かって、ゆっくりと丁寧にお辞儀をする里伽子。

このお辞儀についての真意が何なのか。作画監督の近藤勝也さん曰く、「それは観る人次第でしょうけど、僕が思うに『私は、これからもあなたと会いますよ。』という先のことじゃなくて、やっぱり過去のこと、かつての拓に対する里伽子の気持ちだと思うんだよね。それを黙ってお辞儀するという形で表しているというか」とのことでした。

自分の環境が不安定であったにしろ、あれだけ振り回したのに、助けてくれ続けた拓への感謝という方が恋愛的な意味以上に納得感があると筆者も同感でした。

東京で聖地巡礼なら吉祥寺・新宿・成城学園

「海がきこえる」の東京で印象的なシーンといえば、冒頭とラストの吉祥寺駅、二人が泊まった新宿のハイアット リージェンシー 東京、そして里伽子の実家がある高級住宅地の成城です。

とりあえず一番雰囲気が味わえるのは吉祥寺駅の中央線ホームでしょう。映画同様にatreへの階段があるホームの一番端に行けば、こんな写真が撮れます。

「海がきこえる」のリバイバルムビチケと共に

また二人の歩く後ろ姿が印象的な成城。こちらは映画のように緑が多く、とても爽やかな雰囲気で気持ちがいい場所です。

こちらの写真は成城学園の有名な桜並木。似ているのですが、二人が歩いていたのは北口にある成城学園坂道(成城学園中・高校横にある坂道)。

閑静な場所で、お散歩がてらにもちょうど良い場所です。

映画『海がきこえる』でよくある質問

金曜ロードショーでは放送禁止?

具体的な理由は定かではありませんが、未成年者の飲酒シーンがあることや尺が70分という短さが理由として想定されます。

『海がきこえる』はどこで見れる?配信は?

国内ではどこでも配信されておらず、一部の国ではNetflixで配信されています。

リバイバル上映はいつ?

2025年7月4日〜全国で3週間限定で上映されます。

”エモい”という言葉がない時代にできた至極のエモ映画

出典:スタジオジブリ「海がきこえる」

製作陣もこの作品は”何かドラマチックなことが起きるわけではない”と語っています。当時のアニメはジャンプの様なバトルシーンメインの少年漫画か劇的な展開を見せるような少女漫画が主流でした。

ジブリもファンタジー要素全開のため、やはり『海がきこえる』は非常に独特な立ち位置の作品でした。

中高生には少し物足りなさを感じるかもしれませんが、年齢が上がれば、人間関係のリアルさや誰もが感じたことのある哀愁さなどが響いてきます。

そこにテーマソングの「海がきこえる」が流れると、もうエモすぎて窒息しそうになります。

当時は評価されづらい作品でしたが、去年のリバイバル上映の初日舞台挨拶は20〜30代が7割超えだったそうです。日常に地続きなノスタルジックさが、「エモい」に敏感なZ世代に刺さったのではないでしょうか。

「エモい」という言葉がなかった時代に、「エモい」を先取りした『海がきこえる』。今となってはジブリにとっても非常に重要な作品になったはず。

私もリバイバル上映が今から楽しみです。

参考文献
「海がきこえる」- 氷室冴子
「海がきこえるII アイがあるから」 – 氷室冴子

「海がきこえる THE VISUAL COLLECTION」 – 住友千之
「スタジオジブリの軌跡 1984-2011」 – 株式会社徳間書店
「海がきこえる スタッフ座談会」 – 海がきこえるDVD特典映像

YuRuLi
サイトの管理人
TOKYO | WEB DIRECTOR
Youtube登録者19万人。
本業以外に、日常に溶け込むプレイリスト動画の作成や音楽キュレーションの仕事も。音楽、ガジェット、家具、小説、アートなど、好きなものを気ままに綴っていきます。自分の目や耳で体験した心揺れるものを紹介。

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