著名なクリエイターや漫画好きからも絶賛された藤本タツキ先生の「ルックバック」がアニメ映画で公開となりました。私自身、原作を読んだ際にとても衝撃を受けた漫画だったので、映画も楽しみにしていました。
本記事では、ネタバレありでの映画レビューをしていくので、困る方は映画を観終わってからまたぜひ見にきてください。
【ひとことレビュー】
”今”がんばろう。がんばりたい。と思わせてくれる映画。
★★★★★:大好き、一生覚えてる
★★★★☆:好き、人にすすめたいくらい
★★★☆☆:まあまあよかった
★★☆☆☆:あんまり好みじゃないかも
★☆☆☆☆:見なくてもよかったかも
映画「ルックバック」のあらすじ
学校新聞に4コマ漫画を連載中の、小学4年生「藤野」。ある日、担任に隣のクラスの不登校である「京本」に4コマ漫画の1枠を譲ってやってほしいと言われ、余裕の表情で了承する。自分より上手いわけがないとたかをくくっていた「藤野」だが、次の学校新聞に載った「京本」の4コマ漫画のあまりの絵のうまさに驚愕することに……。めげずに画力上達のために全てを注ぐが、「京本」との差は縮まることはなく、漫画を描くことを諦めてしまう。しかし卒業式の日、卒業証書を届けにいった「藤野」は、「京本」から「藤野先生のファンです。」と震える声で告げられる。
映画は原作に忠実なため、ストーリーの改変は基本的にはありません。当時、京アニの事件を想起させる内容部分のカットが一部修正させられてしまうという炎上事件がありましたが、本映画では、ほぼ元の内容になっている点(ありがたい)くらいです。
原作ファンから見て、映画はどうだった?
結論から言うと、非常に良かったです。原作を見てからだと、例えば「原作の緻密で繊細な絵が3D感強かったら嫌だな」とか、「声優さんの声が想像と違いすぎて集中できない」など、いろんな意見が出そうですが、正直この映画において、そんな意見は出ないと思います。
それくらいに映像・音楽・声・雰囲気などいずれも素晴らしい形で昇華されていました。60分という短い時間で観た作品では、最も濃度が高い作品でした。時間を理由に観に行かないのはもったいないです。個人的に好きな「haruka nakamura」さんが音楽を担当されていたことに拍手喝采。
気に入ってしまい、そのままパンフレットも購入。パンフレットでは、藤本タツキ先生と今回の映画監督・脚本を務める押山清高さんとの対談などが含まれていて、作品をさらに深く楽しめます。(税込1,500円)
漫画が動いているように見える映像の秘密
予告映像を見ても感じられますが、藤本タツキ先生の絵のニュアンスや細かい心理描写を表すぎこちない表情などもしっかり反映されていて、それでいてヌルッと動く映像です。
漫画も絵を描いている後ろ姿など基本は”静”の描写が多いですが、躍動的に”動く”時は、映画の方がより臨場感があります。特に「ルックバック」と言えば、「京本」からファンですと言われ、自分の漫画を認められた「藤野」が雨の中で徐々に力強く喜びを表すシーンが有名。そのシーンでも漫画の感動を超えてくれるアングル・カメラの動きでした。
後ろ姿から横や正面からのカットで、「藤野」の喜びが徐々に大きくなっていく様が漫画以上に伝わり、そのままの勢いで濡れた状態で漫画を描く姿がたまらないです。
また押山監督が藤本タツキ先生との対談で、原画をそのまま使う表現方法をしたと語っています。通常、アニメーションでは均一性を保つために原画を使うことはありません。本映画ではあえて、一部箇所で原画を使い、躍動感や絵柄の雰囲気が変わることなどに活かしているようです。変に整いすぎていない、漫画っぽさを感じる絵の動きが感じられ、個人的にそれがとても好きでした。
ちなみに、押山監督は映画のキャラデザも担当していて、アニメ『チェーンソーマン』の悪魔デザインを担当していました。
なお、人物だけでなく、背景の美しさも際立っていました。山形県を舞台にしているため、東北の決して都会ではない地域ですが、その土地らしい静かな田園風景、美しい夕焼けや澄んだ空気感までもが表現されています。話の中身はもちろんですが、細かなところまで完成度が高いこともこの映画の凄さです。
音楽が絵に現実の美しさを与える
絵は、事前に予告で見ていたのですが、音楽はあまり分からない状態でした。原作が日常を描いているストーリーなため、過剰な音楽はいらず、シーンにマッチした音楽がいいと思っていたところ、まさかの「haruka nakamura」さん。
haruka nakamuraさんと言えば、故「Nujabes」を師匠とする、美しい音色を得意としたアーティスト。
各場面で出てくる美しい山形の風景描写や「藤野」の心情、「京本」と一緒にいる時の柔らかい空気感にあった音楽など、どれも自然でいて、心洗われます。
美しい映像だけでなく、ピアノを中心としたharuka nakamuraさんの楽曲によって、アニメを超え、現実の美しい風景を観ているような、琴線に来る場面へと昇華されていました。
俳優を声優に起用した理由がわかった
アニメ映画で言うと、ジブリでは俳優が主要キャラクターの声を担当するケースがありますが、今回は主役となる「藤野」をドラマ『不適切にもほどがある』で一躍有名となった河合優実さん、「京本」を映画『メイヘムガールズ』の主演・吉田美月喜さんが演じました。
声優さん的な”上手い!”ではなく、”合っている!”が個人的な感想。
それが良い、その方が良いんです。
音楽同様に過剰さが求められる作品性ではなく、日常生が重要になるため、より違和感なく感じらることが重要な作品だと思いました。そのベクトルでいうと、二人の声の雰囲気や存在感がとてもキャラクターにマッチしています。
そもそも”合っている”と言うのは相当な演技力がないとできないこと。さらに東北弁の訛りが強いところを見事に演じられていて、「藤野」はプライドが高くも、弱さを兼ね備えているイメージ。「京本」は人との会話が苦手な引きこもり気質を感じる喋り方。
「京本」が「藤野」に勇気を出して、ファンです!と伝える時や、その後にサインをねだり了承してもらった時のニヒヒ声が面白く、また徐々に大人になるにつれ、訛りが弱くなり「わたす」が「わたし」になっていたりと、細かな演出も良かったです。
主要キャラが2人だからこそ、声優さん的なうまさではなく、キャラクターにマッチしているかが非常に重要だったのかなと思いました。結果的に、よりアニメに現実味を与えてくれました。
なお、Spotifyのポッドキャストでは声優二人の対談が聴けます。
「自分よりすごい」の挫折と「あなたはすごい」がくれる自信
「ルックバック」の前半では、それまで学年で一番上手いと思っていた「藤野」が圧倒的な画力で「京本」に差を見せつけられます。
これに近いことは、多くの人に起きることがあります。今までは自分が一番足が早かったのに、今までは自分が一番みんなの中心だったのになど何かしらの一番から、大きな存在によって2番目以降になってしまうことは年齢が上がるにつれ、起きてくるでしょう。
「ルックバック」を熱く語る芸人の又吉さんが、むかし持久走1番だったのに…という経験と合わせて語っているのが面白いです。
まさにそんな瞬間を劇的に感じた「藤野」ですが、そこからの執念がすごい。諦めるのではなく、「同年代で私より絵が上手いやつがいるなんてぜっったいに許さない!」と悔しさが勝ち、すぐさま絵の本を買い漁り、友達との会話も無くなるくらいに絵に没頭します。それが机に向かっている後ろ姿(ルックバック)、季節の移ろい、増える本の数で表現されていている構成にも痺れます。
2年間全てを捧げても、「京本」との差は埋まらず、最後は諦めてしまう「藤野」。そんな時、初めて会った「京本」から「藤野先生のファンです」「藤野先生は漫画の天才です!」と言われ、そっけない態度をとるも、徐々に喜びが爆発していくあの雨のシーンにつながります。
自分を信じきれなくって感じる本当の挫折。本気で努力したから感じる喪失感。それを超えられるか、最後は自分自身だけど、自分を信じようと思わせてくれる存在がいるのはすごく貴重なこと。
タイトルとラストの意味を考察
「ルックバック」の意味は、そのまま訳せば、「背中を見て」となります。事実、映画では何度も「藤野」の机に向かう後ろ姿が描かれていて、その姿に励まされる人も多いのではないでしょうか。
押山監督自身、映画の作成にあたり2ヶ月半近く会社に寝泊まりしていたとのこと。「藤野」同様に1人デスクに向かう姿が想像できます。(すごすぎる)
あわせて、「ルックバック」には「振り返る」「思い出す」といった意味もあります。映画に事件を思い出させるシーンがあるように、京アニの事件への追悼的な意味合いが含まれていると感じます。
当時、鋭い観察力のある人が見つけて話題になっていましたが、「Don’t Look Back in Anger」というOasisの曲(追悼曲)もかけ合わされているようです。「怒りと共に思い出さないで」といった意味。映画でも「藤野」の部屋に置かれた雑誌のタイトルが「Don`t」、藤野の事務所の本棚に「In Anger」の本が置かれている仕掛けがあります。
これは、映画のラストの意味につながります。
「絵を描くことは楽しくない、めんどくさい」と言う「藤野」に「京本」が「じゃあ、なんで藤野ちゃんは絵を描くの?」という問いを投げかけます。それに対して明確な回答はありませんが、代わりに二人で楽しく漫画を描いている過去のシーンがフラッシュバックします。
「楽しいから」「自分の漫画で喜んでくれる人がいるから」という根源的な思いが回答だと私は感じました。そんな思い出で振り返ってと言うメッセージ性も感じることができるラストシーン…
それ以外にも「京本」が背景に携わっていたため、「背景を見て」などさまざまな意味が隠れているのではないかと思います。
”今” がんばろうと思わせてくれる映画
映画では、漫画で描かれていた以上に「藤野」の努力が観られます。増えるスケッチブックの数、連載を死に物狂いで戦う姿などから見える彼女の孤独な努力に涙しました。
「京本」が天才ですごい人と思ったものの、実は「藤野」も誰よりも努力し続けられる人で、そんな姿に心揺さぶられます。
絵が抜群に上手い押山監督と藤本タツキ先生ですが、対談では二人とも同じような経験は沢山してきたことがあるそうです。特に自分と同い年の場合はすごく負けたくないと、「藤野」同様の気持ちを燃え上がらせていたとのこと。パンフレットではそんな二人の深堀がたくさん見られるので、買って損はありません。
また個数限定の入場者特典として「ルックバック」のネーム本がもらえました。ネームの時点でここまで作り込んでいるんだと楽しめる一冊です。
「がんばりたい」と思っている人は、映画を観終えた後には「絶対やってやる」なんて気持ちになっているじゃないかと思います。
かくいう私は、今日映画を観て、深夜1時ですが寝る前までになんとか記事を書き終えました。
明日も、”今”がんばろう。