鮮やかなターコイズブルーに、白や薄ピンク色の小さくて可愛らしいお花が春を感じさせてくれるこの作品。
ゴッホの代表作のひとつ「花咲くアーモンドの木の枝」は、彼が亡くなる半年ほど前に描かれました。
今月は、本作品についてのエピソードを簡単にお話しようと思います。

東京でひっそり暮らすアラサーOL。好きなことは人間観察と面白いこと探し。苦手なことは努力。30代で新しくできたあだ名は「分析」。
ゴッホのプロフィール
ポスト印象派を代表する画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。

1853年3月30日にオランダの南部ブラバント地方に生まれました。そして1890年7月、37年間の生涯に幕を下ろしました。
とても繊細な性格故に、孤独を感じることの多い人生ではありましたが、弟「テオ」やその周りの人間に助けられ一生懸命生きたゴッホ。彼の作品は死後に大変評価されるようになりました。
ゴッホの生涯を、作品やエピソードと共に紹介している記事があるので、ぜひ読んでみてください。

「花咲くアーモンドの木の枝」は愛と懺悔の贈り物
1890年の2月、精神病棟に入院中のゴッホ宛に、最愛の弟「テオ」から甥の誕生を知らせる手紙が届きました。
その中に、「あなたと同じくらい意志が強くて勇敢に育ってほしいから、兄さんの名前を取り ”フィンセント・ウィレム” と名付けた」と、テオの想いが綴られていました。
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ゴッホは非常に喜び、弟の心意気を大変ありがたいと思い、お祝いとして贈ったのが「花咲くアーモンドの木の枝」です。
ゴッホはちょっとネガティブなので、「自分は健康・幸福・名誉など何も持っていないのに」と、なんだか申し訳ない気持ちや、弟夫婦の援助により生計を立てていたため、「甥っ子が生まれたことで援助がなくなったらどうしよう」と一抹の不安も抱いたようです。

ただ、アーモンドの花はいち早く春の到来を告げる花であり、新しい命を象徴する花でもあります。
精神的に追い詰められていたゴッホが、美しい色合いで希望に満ちたモチーフを描いたのです。とても嬉しかったんだろうなと思います。
ゴッホはこのモチーフを連作にしようと考えていたそうですが、その年の春は病気によって過ぎ去っていきました。
そして、約半年後に命を絶ったのです。
浮世絵と印象派の合わせ技で描かれていた
「花咲くアーモンドの木の枝」が描かれる3年ほど前、ゴッホは浮世絵に出会いました。
彼はたった3作品を模写して、浮世絵の特徴を掴み、自身の技法に浮世絵のエッセンスを取り入れて描き始めました。
浮世絵は、はっきりとした輪郭線・簡潔な色使いをしているため、一見平面的に見えますが、紙質や色の塗り方を工夫して、奥行きを表現しているのが特徴です。
ゴッホはその表現を研究して、質感や明暗などを表現した線描中心の平面作品を次々と制作しました。
私はいつも、まだ自分ができないことをする。そのやり方を学ぶために。
フィンセント・ファン・ゴッホ
花咲くアーモンドの木の枝は、以下の作品になんとなく似ている気がしませんか?

こちらは北斎の作品ですが、これを模写したわけではありません。浮世絵の特徴を掴んだゴッホが、お花の絵を描いたら似ていたのです。

たった3枚模写しただけで他国の技法を会得していることがわかります。彼の感度はすごいのです。
だからこそ、ゴッホが”来年の春”を生きていたら、どんな「花咲くアーモンドの木の枝」を描いたのと想像を膨らませてしまいます。なんだかせつなくて胸がキュッとなります。

作品が見られる美術館 その創設者は?
本作品は、オランダのゴッホ美術館で見ることができます。
建設したのは、この作品を贈られた本人「フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ」です。
伯父さんが自分のために書いてくれた絵を生涯大事にしていた彼は、ゴッホ美術館を建て、他の遺作と共に、本作品を寄贈しました。
こちらの記事では、展示されている作品の筆跡を感じられるような動画もありますのでぜひチェックして見てください。

ちなみに2025年9月から、日本で大ゴッホ展が開催予定ですが、「花咲くアーモンドの木の枝」の来日情報はありません。
最後に
考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく。
フィンセント・ファン・ゴッホ
私はゴッホの作品の中で、花咲くアーモンドの木の枝が一番好きでした。
彼の作品は、どこか神秘的な印象を受けるものが多いのですが、本作品はなぜか温かい気持ちになれるのです。
それはゴッホが愛する人たちの幸せを喜んで描いた作品だったからなのかな、なんてこの記事を書きながら思いました。
今年は春の訪れを感じた際に本作品を思い出しました。そして、来年はエピソードと共にゴッホを思い出す気がします。
ゴッホの最後の春の作品は、私の春をさらに素敵なものにしてくれました。
参考文献
「先駆者ゴッホ | 印象派を超えて現代へ」- 小林英樹
「366日 風景画をめぐる旅」 – 海野 弘
『ゴッホ作品集』 – 富田章

