変わり続ける東京という街の中で、変わらずに残したい ”とあるベンチ” を舞台に、四季折々、ある日のある人たちのちょっとした思い出の時間を紡ぎたい。───映画「アット・ザ・ベンチ」監督・奥山由之
自主制作としてたった3館の上映から、口コミであっという間に全国上映となった映画「アット・ザ・ベンチ」。
私はこの映画を見て、レコードに針を落とした懐かしい感覚を思い出さずにはいられませんでした。
1つのベンチを舞台に、5つの短編で繋がれるオムニバス映画。毎回全く異なる季節やお話が展開していくけれど、舞台だけは変わらない。
まるで1アーティストのEPを聴いているような、それでいて、映像や音の質感がアナログちっくで、その手触り感はまさにレコード。
この不思議な感覚を味わえた映画「アット・ザ・ベンチ」について、自分なりに感じた面白さを書き残そうと思います。
【ネタバレあり】5つの物語と魅力
監督は、フィルム写真を得意とする「奥山由之」。彼が軸となり、それぞれ異なる脚本家が参加しているのも今作の見どころ。
一つの物や場所にこだわった会話劇から、映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」や「コーヒー&シガレッツ」といったオムニバス映画を彷彿とさせます。
Ep.1「LEFTOVERS」(残り者たち)

脚本 | 生方美久 |
主演 | 広瀬すず、仲野太賀 |
季節は夏。急に幼馴染に呼び出され、向かった先はベンチ。そこは昔は公園で、本当は3つベンチがあったけれど、今はそのベンチ1つだけ。
そんな昔の情景も共有できる幼馴染同士の何気ない会話から始まる物語。”彼”が座ったベンチの位置で、大体の関係性が想像できるようになっていて、微笑ましいです。リコちゃんこと広瀬すずの隣に座るけれど、お尻が半分外に出ていて、妙に距離のある座り方。
お互いに対しての想いが、二人の会話から、少しずつ明かされる様が本当に絶妙で、さすが生方さん脚本。ドラマ「Silent」もそうですが、一つの場所を長回しで撮りながらの会話劇が本当に上手です。
久しぶりに会ったという二人の何気ない会話を後ろから盗み見ている気分で、「なんだこの愛おしさ」とならざる得ない。
バレンタインチョコの”ギリ”と、結婚した際の呼び方である”義理”の母をかけた掛け合いとか、もう、ずっとニマニマしながら観れます。
また16mmのフィルムの少しざらつく映像質感が素敵で、そこにキラキラと光る夕陽と二人の横顔を眺めているだけで、癒されました。
そしてこのお話だけ、5本目に繋がります。
Ep.2「Sushi Doesn`t Go Round」(まわらない)

脚本 | 蓮見翔 |
主演 | 岸井ゆきの、岡山天音、荒川良々 |
季節は春。ポカポカした陽気のお昼に、パンと寿司を持ったカップルがベンチへ。急に始まった別れ話を後ろでこっそり聴くおじさん。
劇場の至るところから起こるクスクス笑い。そう、この作品はめちゃめちゃファニー、そしてインタレスティングな面白さを持っています。
3人の演技力があってこそなのですが、絶妙に「ありそう」な日常と「起こらなそう」なシュチュエーションが絡み合い、ここでしか観られない笑いが巻き起こります。

彼女の突然の「別れてみる?」の一言から始まる会話劇。回らないお寿司ではなく、デリバリーお寿司の松竹梅の梅くらいの不満がたくさんあり、それが寿司桶に溜まっていくと。こんな言葉で、日頃の小さなストレスを表現していくのは天才としか言いようがありません。
「テレビに出ている人のこと、”あいつ”って呼んでほしくない」、「私が飲んでいたペットボトルを気遣って、口つけないで飲むのやめてほしい」「バイク乗りじゃないのに、バイク乗りみたいな格好しないで欲しい」
なんだそれと思いつつ、なんとなく分かる。
そんなやりとりを見ていて、おじさんが急に割って入ってきて、彼女の味方をしながら寿司を食べてくる。今年1面白い話でした。ちなみに彼氏は素直で、めちゃめちゃいい奴です。
Ep.3「The Guardian’s Duty」(守る役割)

脚本 | 根本宗子 |
主演 | 今田美桜、森七菜 |
季節は冬。小雨降る寒空の下で”怒り”の叫び声が響く始まり。喧嘩している女性2人は、どうやら姉妹。
1話のほんわかした空気感、2話のクスッと笑えるシュールな日常、そこから急に感情が全面に出た苦しいくらいの叫びに、観客は身体が前のめりになります。
真面目だったはずの姉が、男を追いかけて東京でホームレスに。心配するも「意味がわかんねえよ!」となる妹の気持ち。姉が固く心を閉ざしているため、最初は妹に共感するのですが、徐々に本音を話す姉の言葉に、最後はハッとさせられる妹。

「わかろうとして聞かねえからだろっ」。この言葉で、思わず観客もみんなハッとなるのではないでしょうか。いろいろと姉妹の剥き出しの感情が、人間すぎて愛おしいです。
そして最後の最後に少し雪解けのように、固まった関係が解けていきます。その流れに合わせたかのように空も小雨→曇り→ほんの少し雲から光が差し込むという完璧すぎる空模様でした。(監督も狙ったわけではなく天気運に恵まれたとのこと)。
撮影の話をします。
それまで定点に近い撮り方だったカメラが、急に動き回る姉妹を追いかける”動”のカメラワークに。そこで、「ああ、このベンチを取り囲む環境はこうなっているんだ」と、全体感を把握できます。3話目にこのお話を入れているのは、シーンとしてもカメラの動きとしても、観客の心理を掴むのに優れているなと勝手に感心していました。
Ep.4「THE FINAL SCENE」(ラストシーン)

脚本 | 奥山由之 |
主演 | 草彅剛、吉岡里帆、神木隆之介 |
季節は夏。ポツンとたたずむベンチを撤去しようと二人の職員が訪れる。同じ目的のはずが噛み合わない二人の会話。それもそのはず、この二人は宇宙人。
ここで監督である奥山さんが脚本を担当します。奥山さんはインタビューでも明かしていますが、日頃から日常と非日常の境があまりないと感じている人のようで、自分と異なる意見を聞いて「そんな考え方もあるんだ!」と面白がる性格のようです。
そんな彼の”好き”が全面に出ているSFです。ベンチが宇宙人二人の父という想像の上をいく設定です。

個人的には、頭をぐらっと混乱させられるいい体験でした。特に、よくわからない二人の掛け合いが途中で「はい、カット!」となり、ドキュメンタリー風になるシーン。そこで急に神木隆之介が監督として出てきて、「映画の撮影だったのか」と思ったら、最後は「本当に、ベンチは宇宙人だったの?」と思わせられ…。現実↔︎非現実の狭間を行き来できます。
あと草薙さんの、宇宙語がうますぎて笑いました。
Ep.5「Missing for Good」(さみしいは続く)

脚本 | 生方美久 |
主演 | 広瀬すず、仲野太賀 |
最後は1話目の続き。季節はおそらく夏の終わり〜秋口。少し髪が伸びた彼女と、スーツ姿の彼。話す内容から今度は、二人が付き合っているのだと分かる。
1話目で彼は後輩に「残業が似合いますね」と言われたと語っていましたが、仕事姿の彼は「絶対真面目に仕事こなしてる人じゃん」とかっこよく見えます。
そして、関係は変わっても、二人でいる時の変わらない雰囲気が素敵。最後は舞台であるベンチがなくなってしまう話になりますが、ここで出てくるのが「さみしいという感情は、幸せが残していったもの」という言葉(正確ではないかもです)。
”終わる”ことは何も悪いことだけではありません。そこに”さみしさ”を感じるなら、少なくともその場所や関係などは幸せがあったはず。それを心に少し宿しながら生きていくのが人生。そんな哀愁さと希望で終わるお話に、心がじんわり優しい気持ちになれるはず。
ちなみに、「こないだそこで中学生の男女が座っていて、男の子が恥ずかしがって端に座っててさ〜」みたいなこと言っているシーンがありますが、まさに1話目のあなたですよそれって皆ツッコんだと思います。
アナログな手触り感ある映像と音

本作の素晴らしいなと感動したのは、バラバラのエピソードの集まりなのに、ゆるゆるとした持続性がある点。
これは主題をベンチと捉えていたことと、こだわり抜いた映像・音の質感が大きかったのでは?と思いました。
まず”ベンチ”。1話目は奥山さんが言うベンチの正面である後ろからのカメラ、次は真逆で前からの定点。次は動き回る姉妹を追うフィジカルなカメラワーク、そして4話目ではベンチ目線で人を撮ると、すごくカメラワークが多彩です。
話、撮影角度が変わりつつも常にあるベンチ。その存在だけは一貫性を持っています。そもそも、ベンチだけでこれだけ豊かにお話が出てくるものかと感動します。
そして、何よりも映像と音が素晴らしい。
16mmフィルムのざらつきある映像、あえて汚した音によって、「懐かしさ」が表現され、ノスタルジーな雰囲気になっていました。5話目の夏の終わり頃の夕日など、記憶にある夕日とズレないんですよね。これがパキッとした映像だと、あの日常に溶け込む雰囲気は出なかったと思います。
結果、話が変わろうとも、雰囲気が変わらず持続性を感じられたのではないかと思います。音なんかも風で聞こえなくなりそうだけど、聞こえるという絶妙な塩梅でした。これらは監督自身が、フィルムを主とした写真家であるということが大きかったのではと推測します。
和製ジム・ジャームッシュのような映画だった

映画「アット・ザ・ベンチ」の個人的評価
★★★★★:大好き、一生覚えてる
★★★★☆:好き、人にすすめたいくらい
★★★☆☆:まあまあよかった
★★☆☆☆:あんまり好みじゃないかも
★☆☆☆☆:観なくてもよかったかも
クスッと笑えたり、強い感情に思わず痺れたり、優しくも寂しい気持ちを味わって、最後はいい読後感に浸れる。
あ、これ「ナイト・オン・ザ・プラネット」を初めて観た時の感覚だ。となりました。
会話劇オムニバスの巨匠とも言えるジム・ジャームッシュ監督。あんな映画体験をまさか邦画で味わえるなんて思っておらず、ただただ感動と感謝の気持ちになりました。これが映画監督初のお仕事なんて凄すぎます。
ちなみに奥山さんの写真も素晴らしので、チェックしてみてください。
現在、ミニシアターのみでの上映ですが、観ようか迷っている方がいたら、ぜひご覧になって欲しいです。人生は変わらないかもしれませんが、今日一日は変わるかもしれません。

